世界にひとつの“椅子”をつくるということ 〜明星学園の木工の授業〜

「えっ、中学生が椅子を作るんですか?」

…そうなんです。学校外の方にお話しすると、必ずと言っていいほど驚かれます。しかも、半年かけて、“ちゃんと座れる”椅子をつくるんです。

明星学園中学校には、50年以上の歴史を誇る伝統の木工授業があります。なかでも9年生(中学3年生)が取り組む卒業製作『木のオリジナル家具を作ろう』は、まさにこの学校の名物とも言える特別な授業。木と向き合い、仲間と力を合わせて、本格的なオリジナルの椅子を一から作り上げます。

最初の授業は、アイディアを考えるところから始まります。

「どんな椅子にする?」「どんな場所にあったら使いたくなるかな?」「座り心地って何?」「そもそも“座る”って、どういうことだろう?」

そんな問いをめぐらせながら、生徒たちはアイディアスケッチを描き、デザイン画をもとにプレゼンテーションを行います。クラス全体で投票を行い、採用されたデザインを中心に810人ほどのチームが結成され、製作がスタートします。木工室は、まるで小さなデザイン会社の企画会議のよう。リーダー、サブリーダー、アートディレクター。それぞれが役割を担いながら、ノコギリの音と笑い声が響く木工室で製作が進みます。

設計図を手に、ミリ単位で木を削り、時にはやり直しも重ねながら、少しずつ形になっていく椅子たち。もちろん、これはただの“工作”ではありません。完成した椅子は、校内のあらゆる場所で実際に使われるものです。だからこそ、生徒たちは「デザイン性」だけでなく、「強度」や「安全性」、「座り心地」といった“リアルな課題”とも真剣に向き合っていきます。



そもそも、なぜ中学生が椅子をつくるのか?それは、モノづくりの本質が、すべてこの課題に詰まっているからです。アイデアを形にする創造力、素材と向き合う感性、仲間と協力する力——。どれか一つが欠けても、椅子は完成しません。作品が完成した瞬間、木工室には拍手と笑顔、そしてちょっとした感動が生まれます。

「やればできるじゃん、自分たち!」

そんな小さな自信が、生徒たちの中に確かに芽生えていきます。木とともに学ぶこと。道具を手に、仲間と挑むこと。そして、自分の手で“使えるもの”を生み出すという喜び。——ものづくりって、こういうことなんだな。そんな気づきと、ちょっぴりの誇らしさを、生徒たちは作品の完成とともに手にしていきます。

ここからは、2024年度に製作された卒業製作の作品をご紹介していきます。1クラスにつき4作品、学年全体で合計16点の椅子が完成しました。一つとして同じデザインはなく、今年も個性派揃いです。どうぞ、楽しんでご覧ください。

「ジンベエザメベンチ」

沖縄の海に思いを馳せながら作られた、ゆったり泳ぐジンベエザメ型のベンチ。沖縄修学旅行を前に気分はすっかり南国モード。実際に美ら海水族館で本物のサメを見たときの「でかっ!」という驚きまで形にしてしまいました。背びれや胴体の曲線にこだわり、身体の斑点模様はマスキングテープを使って丁寧に塗装しました。生徒たちの“サメ愛”が詰まった一脚です。

「ピアノの上にすわれるいす」

コンパクトながら、クラシカルな重厚感ただよう一台。グランドピアノの曲線美を再現し、よく見ると、蓋が開くようになっていて中は収納に。しかも、ちゃんと突き上げ棒(ピアノのアレです)までついているという芸の細かさ!黒鍵ひとつずつに塗装された鍵盤は、手仕事の丁寧さがにじみ出たぬかりなしのこだわり派。小さなサイズながら「おっ」と目を引く完成度です。

「サンドウィッチにはさまれるイス」

座ったら最後、あなたはもうパンに挟まれたサンドウィッチの“具”になってしまいます!パンの間にはレタスやトマト、チーズやハムも立体的に表現され、細かいパーツまで妥協なし。くり抜きや貼り合わせに工夫を凝らし、ユニークな発想を見事に形にした、遊び心あふれる椅子です。

UFOつれさられベンチ」

大きな円盤の下に伸びる強い光線。これはもう“確実に連れ去られる”やつです。まさにUFOが地球にやってきた時の光景をデザインした椅子です。5人が腰かけられる円盤部分は、曲面のなめらかさも見事。ちなみに製作チーム「ピンクレディ〜す」は、毎回の授業締めに往年の名曲『UFO』を歌って踊って気合注入。そんな毎回の他愛無いやり取りがチームの結束力も銀河級に高めてくれました!

「月に腰かけ」

横から見ると、三日月に座っているような、幻想的でおしゃれな椅子。月を支える台座の脚は、パーツを組み込んでしっかり接合。座面はスノコ状で、月面をスルスルと滑るようななめらかな仕上がりに。可愛さとスタイリッシュさを兼ね備えた、インテリアショップにも並びそうな完成度の高い一脚です。

「デイジー殿の筋トレを手伝おう!」

花の顔をしたオリジナルキャラクター「デイジー殿」がプランク中。その背中に乗って“筋トレを手伝う”という独特すぎる発想から生まれた椅子です。デザインをした生徒は、絵を描くのが得意で、運動会や卒業研究での活動でも自分のオリジナルのキャラクターを数多く描いてきました。そんな彼女の世界観に、チーム全員が惹き込まれていきました。キャラクターの世界観を立体で再現するチームの団結力が際立った作品です。

「おばけちゃん」

背もたれに彫られた大きな目と大きな口がインパクト大! ベーッと出た舌が座面、ドロリと伸びた手が肘掛けという大胆かつ愛らしい椅子。遊び心満点でオブジェとして見ているだけでもその完成度には感心しますが、設計はとても綿密。チームの団結力が、そのまま完成度に直結しています。見た目の面白さと、椅子としての安定性が見事に共存した作品です。

「地動説の証明」

太陽系の惑星をモチーフに、4人座れるようにアーチ状の背もたれを4分割に座面に構成した迫力のあるデザインの椅子。彫刻された各惑星の模様や、アーチの配置にセンスが光ります。台座のデザインにも手が込んでおり、理系と美術系の美しい融合が見られる華やかな一作です。

「ようちゅうにたべられた!」

大きな口を開けた幼虫の中に入って座る、没入型(?)の椅子。5枚のアーチを重ねて作る立体感に苦戦しながらも、最後は可愛さ満点の表現と構造の安定感を両立。小学生が座ればすっぽり、大人が寝転ぶと「食べられてる感」がアップ。小学生は間違いなく喜ぶ見た目も体験も楽しい一台。

「魚」

この椅子で注目するべきなのは、魚の体がグネッと曲がって、まるで椅子に座っているかのような、なんとも大胆なフォルム。そして、全パーツに連なるウロコの彫刻です。背もたれ、座面、脚とそれぞれのパーツに各担当がウロコを彫り上げる中、「こうかな?いやこうかも?」と迷いながらそれぞれが彫った結果、最終的にはどんどんと深〜いウロコの彫刻が仕上がりました。

12月にそよ風を 観覧車デート」

タイトルに惹かれて圧倒的な票数で選ばれた、詩的センスが光る最大級の観覧車型の椅子。大きな二つのアーチの中に、2人が向かい合って座るとお互いの膝が当たるか当たらないか、ギリギリで絶妙な初デート距離になるように設計。くだらなくも見えることを真面目に考えて設計図の微調整を重ねたこだわりは、見た目以上にロマンチックです。

「森椅子」

背もたれにある落ち着いた木のシルエットと、草のアクセントがさりげなく光るナチュラルデザイン。可愛らしくも妙に大人っぽくも感じるデザインの椅子です。珍しい3本脚で、全体のフォルムも個性的。小ぶりながら細かいところに気を配り丁寧に仕上げられていて、木工室の空間にしっくり馴染む存在感のある作品が仕上がりました。

Tバック」

「座れば誰でも美脚&美尻!」という斬新すぎるプレゼンで話題をかっさらった一脚。チームでは「どんなお尻が理想か?」「座っているともう少しお尻のお肉がたわむと思う」とお尻を真剣に研究し、最初はゴツゴツだった角材を最終的には紙やすりで磨いてツルッツルに磨き上げるというこだわりっぷり。人体観察って、意外と奥深い。そんな機会を得られたクオリティも文句なしの作品です。

「チェスチェア」

キングの駒が背もたれ、ナイトとポーンが肘掛けに。チェスの世界をそのまま立体にした豪華な椅子です。ノミで彫った格子状のボードの美しさ、立ち並ぶ駒の精巧さ。デザイン画の段階でこの華やかさが表現されていましたが、実際に完成してみると、「よく中学生で作れたな」と驚きを隠せないクオリティ。座面は前後2人掛け仕様。細部まで手を抜かない姿勢が光る、まさに超大作です。

「逆座りイス」

一見普通に座る椅子…でも正しい座り方は“逆向き”! 実は背もたれ側に足を入れて座ると、そこはもう読書・勉強・お絵かきにぴったりのパーソナルスペース。背もたれが作業台になる発想の転換。タブレットを置いたり、ちょっと寝たりするのにもちょうどいい角度に設計された万能さ。アイデアと使いやすさの融合した実用性重視の画期的な作品です。

「非常出口には行かせない!一生出口に行けないイス」

あの見慣れた非常口マーク、「これを椅子にしちゃえ!」という発想が明星生の魅力や可能性を感じます。2体のピクトグラムが左右に配置され、2人並んで座れるベンチの設計になっています。前脚部分には「EXIT」の文字を大胆に配置。構造的な強度とデザイン性を両立させた、なかなかに攻めた発想です。ピクトグラムの制作では、板の木目方向や張り合わせの精度にもこだわり、細かい調整を何度も繰り返しました。遊び心と工夫が詰まったインパクトのある注目作です。

どの椅子も、見ればすぐに「お!これはあのグループの作品だね!」とわかるほど、個性豊かで、どこかあたたかい。伝統と挑戦の木工授業。これからも変わらず、明星学園の大切な存在であり続けるでしょう。

木工・工芸科では公式Instagramを始めました!授業での日常風景などを投稿しております。よければご覧ください。

明星学園 | 木工・工芸の工房 https://www.instagram.com/myojo_woodcraftworkshop/

(中学校 木工・工芸科 山元佑介)

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